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米朝首脳会談。シンガポールは精鋭のグルカ兵を投入。グルカ兵って。 [気になるニュース]

6月12日にシンガポールの
セントーサ島で開かれる
米朝首脳会談。
開催国であるシンガポール政府は、
最高度の厳戒態勢で臨むと新聞で
報じられています。

多くの警察官、軍隊が治安に当たりますが、
さらに予備役である軍人を召集。
さらに、シンガポール警察は、
グルカ兵分隊も投入する見通しとのこと。

あなたは、このグルカ兵をご存じですか。




ブラッド・ピットが主演した映画
「セブンイヤーズインチベット」。
その中でもグルカ兵が出てくるので、
知っているという方は
多いかもしれません。


《セブン・イヤーズ・イン・チベット [Blu-ray]》(Amazon)


グルカはもともとネパールの中部の山岳民族。
18世紀にネパールを統一し、
現在のネパール王朝である
グルカ王朝を設立しました。
(ここから広義ではネパール全体を指す場合も)
しかし、1814年からのイギリス東インド会社との
戦争(グルカ戦争)で敗北し、
イギリスの支配下に入りました。

1857年のインドで起こったセポイの反乱では、
イギリス軍に加わり、インド軍と戦い大活躍し、
大きな戦果をあげたことで、世界的に
知られる存在となりました。

こうしてグルカ兵は、イギリスが世界に持つ
植民地など世界各地でで活動したのです。

その伝統が現在でも残り、
イギリスの植民地であったシンガポールでも、
グルカ兵が所属しているのです。
(返還前の香港でも。香港在住の友人から、
街にいたグルカ兵を教えてもらったことがある)

今回、一番の警戒が求められる
首脳会談会場のセントーサ島のホテル
「カペラ・シンガポール」周辺。
また米朝首脳の宿泊先などを、このグルカ兵が
警護することになると見られています。

グルカ兵がその名を日本にとどろかせたのは、
おそらく第二次世界大戦中の大日本帝国陸軍
との戦いで。

1944年3月、日本はインド開放を
口実として、インドへと侵攻しました。

悪名高いインパール作戦です。

その戦いの中で、大日本帝国陸軍を
追い詰めたのが、インド国民軍、
イギリス軍に参加したグルカ兵だったのです。

このグルカ兵の武器としては
グルカナイフ(ククリ)が有名ですが、
その装備は現在のファッションにも
取り入れらてています。

グルカショーツと呼ばれる
カーキ色の半ズボンがそれ。
(バミューダパンツに似ているが
それより素朴というか実用的な服)

一時期、日本でもちょっとした
ブームになりましたね。

グルカ兵が守る米朝首脳会談。
大きな成果が出ることを望みます。

コトバンク、グルカ
https://kotobank.jp/word/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%AB-486433


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