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米朝首脳会談の舞台、シンガポールのセントーサ島。かつてはブラカンマティ島(背後の死者の島)。

米朝首脳会談の舞台である
シンガポール南端のセントーサ島。

この島は、かつては
ブラカンマティ島(Pulau Blakang Mati)
と呼ばれていました。

ブラカンマティとは、マレー語で、
背後から死が忍び寄るという意味。
(中国語では「絶后」)

これは、1840年代に島で



マラリアが流行し、多数の死者が出たことから、
ブラカンマティと呼ばれるようになったとのこと。
(島に住んでいたのはマレー人のイスラム教徒である
ブギスBugis。マラリアから生き残った人々が、
シンガポール本土に渡った)

シンガポールがイギリス領となると
この島にイギリス軍の要塞が築かれました。

なお井伏鱒二は、旧日本軍の宣伝班員として
シンガポール(昭南島)に滞在。

ブラマンかティーを「死の彼方」と訳しています。
これは、上の説とは異なり、イギリス植民地時代の
要塞建設で亡くなった作業員が多く、
「行ったら帰れない」という意味と記しています。


《徴用中のこと (中公文庫)》(Amazon)


第二次世界大戦中は日本がシンガポールを占領。
捕虜収容所に

戦後、イギリス軍からシンガポールに
返還されました。

1972年、政府は名前を公募。
その中から「平穏(平和)」を意味する
セントーサSentosaに島名を変更しました。

その頃から島は観光開発が始まり、
テーマパーク、カジノ、
リゾートホテルなどが開発され、
リゾートアイランドとなっています。

〇シロソ砦に戦争記念館あり。
 「マレーの虎」と呼ばれた山下奉文司令官(将軍)と
 パーシバル将軍の蝋人形が展示。
 イギリス軍が日本軍に降伏した時の様子を再現。
 山下将軍が「イエスかノーか」と、イギリスの
 パーシバル将軍に迫った。

 トランプ大統領が金正恩委員長に「非核化」を
 「イエスかノーか」と迫るのか。

《世界の街角で見た文化・歴史
【第5回】 シンガポールの新しい発展と日本との歴史について》
https://www.nttdata-getronics.co.jp/csr/lits-cafe/sato/singapore.html
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