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イギリスでサツマといえば芋じゃなく…。 [グルメ]

サツマとくれば、思い出すのは?

芋、黒豚…。イギリスでは、そうではないようです。

2月9日、産経新聞朝刊、《【ロンドンの甃】消えゆく「サツマ」

《最近、ロンドンのスーパーで見かけなくなったものにミカンがある。》
と始まり、イギリスでは、「サツマ」としてクリスマスの風物詩として
親しまれていた旨の記述。
その後、サツマのイギリスにおける歴史について述べています。
《薩英戦争の後に和解交渉で今の鹿児島県を訪れた英軍人に、土産として
贈られたのが温州ミカンの英国上陸の始まりとされ、それが英国での
呼び名の由来のようだ。》
《ところが、他の欧州ではオレンジが人気で、中東や南欧の「サツマ」農園は、商売にならなくなって激減した。大手スーパーの救済活動もむなしく、「サツマ」は最大の輸入国、英国でも手に入りにくくなったということのようだ。》

以前、
運動会の無いイタリアの青ミカンと、国産のブラッドオレンジ》に書きました。
イタリアでもサツマ、ミヤガワといった日本由来の
温州みかんが育てられて、販売されています。

温州みかんは、薩摩藩、鹿児島県が発祥の地。
江戸時代、出水郡東町(現・長島町)で突然変異で、
種無しのものが出来たそう。その元となったミカンは、
中国からもたらされたもの。

読売新聞 関西発、生活型録《ミカン》(2006年2月8日)には、
《温州みかんは400年~500年前、中国からもたらされた種子が鹿児島県
で発芽したのがルーツとされる。英語名は「サツマオレンジ」で、種がなく食
べやすいのが特徴だ。
 江戸時代の豪商・紀伊国屋文左衛門が江戸へ運び、巨利を得たのは、ひ
と回り小ぶりで種のある紀州みかんだった。温州みかんは「種なしは家が続
かない」と不吉がられて普及しなかったが、明治時代以降は、食べやすさが好まれて主流になった。》

江戸時代は、人気がなかったのですね。意外。
明治になって、売り出すときに、紀州みかんのように、
産地の名をとるのではなく、つまり薩摩みかんではなく、
中国の「温州」名をとり温州みかんと名づけられたとか。
(長島町には、「日本マンダリンセンター」がある)

ところで、英語では、mandarinと呼ばれることがあります。
mandarinですが、もともと
中国清朝の高官のこと。
(英語←ポルトガル語←マレー語←サンスクリット語、「高級官僚」。
中国の役人が話す言葉、北京官話)
かれらが仕事で着る衣の色がオレンジ色だったところから、
みかんをmandarinと呼ぶようになったとの説も。

上の産経の記事では、イギリスに渡った温州みかんのことが書かれています。薩摩生まれの温州みかんは、アメリカにも渡っていたよう。

鹿児島の江崎果樹園のホームページ内
《日本マンダリンセンター》の説明中、《Satsumaの由来》の項目があります。

《 初めて温州みかんが外国に渡ったのは、1876年(明治9年)ジョージ・ホー
ル氏がフロリダへ苗木を送っています。温州みかんがSatsumaと呼ばれるよ
うになったのは、1878年当時米国の日本大使だったバン・バルケンベルグ
氏夫人が鹿児島の方に頼んで温州みかんの苗木を故郷に送ったことに
由来します。》とあります。
なお、
《現在、フロリダ州とアラパマ州にSatsumaという町があります。 ヨーロッパで
も温州みかんのことをサツママンダリンと呼んでいます。》とのこと。

温州みかんをクリスマスオレンジとしてアメリカで定着させたのは、
日系人の亀田さんというオレンジ王の力が大きかったよう。

大阪本場青果協同組合、《目指せ!ベジフルさん》の
みかん(温州みかん)》によれば、
《●アメリカでクリスマス・オレンジを広めた亀田さん
カリフォルニアの大富農S.亀田さんという方は、カリフォルニア州で温州みか
んの栽培を手がけられた第一人者で、日本のみかんを"クリスマスオレンジ"
として普及するのに大きく貢献されたそうです。
"カリフォルニアのみかんお爺さん"として高名であったらしいとのことです。
ここでも、温州みかんが"クリスマスオレンジ"と命名されているのです。》
(この元ネタは、《「過去の言いたい放題1999/7~12」
99/10/27 巴里のアメリカ人、台湾のクレイダーマン
アメリカの温州ミカン》 のよう)

なおカリフォルニアで栽培もされていましたが、
日本からも、クリスマス時期に向けて、カナダ、アメリカの西海岸に
温州みかんを輸出していたようですね。

中四国農政局の統計・農林漁業統計情報
『極早生みかんをカナダに輸出』〔愛媛県・松山市〕》

《1 輸出開始の経緯
 JAえひめ中央では、平成11年から温州みかんをカナダに輸出している。
  以前にも、同JAでは前身の温泉青果農業協同組合であった昭和23年か
ら、温州みかんを北米(アメリカ、カナダ)向けに輸出していた。生産量の増
加にともない輸出量も増加し、ピーク時の52年には2万500tを記録した。
しかし、52年以降急激な円高の影響で、採算が取れない状況になり、輸出
は平成5年を最後に長い歴史の幕を閉じた。
   その後、温州みかんの需給調整対策の一環として日本園芸農業協同組
合連合会が主体となり、11年からカナダ向けの輸出を再開し、全国一律の
品質基準と包装で「SUN・BRANDO」の商品名で取り組んでいる。》

日本の農産物を世界になんて動きがあるけれど、
温州みかんは、随分前からそれを先取りしていたわけだ。
この円安で結構、今後、さらに拡大しそうかも。

みかんの季節もそろそろ終わり。
最近は、あまり食べなくなったみかんだけれど、買ってこようかな。

おお、カラ・マンダリンという種類の温州みかんは、
4月、5月になっても食べられるのね。

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