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モーツァルトのピアノソナタ第11番を聴きながら、チョココルネとカプチーノの朝食でトルコを思う。 [グルメ]

気持ちのいい朝、といってもお昼前。
テラスから、陽光さんさんと差し込む某所で朝ご飯。

浅草橋のドーメルのチョココルネ、
カプチーノ、そしてフルーツ(キーウィ、リンゴ)。

BGMは、モーツァルトです。
音楽を聴いていて、

ふとトルコを思い出しました。

チョココルネは、日本生まれの菓子パンですが、
おそらくその元はコルネット、クロワッサン。
コルネットはイタリア語でcornettoで、
フランスではcroissantクロワッサン。
三日月型のパンのことです。

そしてカプチーノのカフェ、モーツァルト。

すべてトルコ、ウィーンで結びついています。

ウィーンは、カフェ文化が盛んですが、
このカフェが生まれたのが、
1683年、オスマントルコの第二次ウィーン包囲の
影響だったと言われています。

オーストリア政府観光局のサイト。
《ウィーンのなかのウィーン――カフェハウスの世界》
http://www.austria.info/xxl/_site/jp/_area/540350/_subArea/540321/_subArea2/540372/_aid/586053/index.html

カフェハウスの起源
1683年トルコ軍の第二次ウィーン攻囲の折、伝令またはスパイとして
働いたコルシツキーという男が、その褒美としてトルコ軍の残した
コーヒー豆とカフェハウスの営業権を得、この時からカフェハウスの
歴史が始まった。これが最も一般的に知られる説である。》

そこにあるようにこの説に関しては当初から異説がありました。
そして、ついに決定的な研究が出たのです。

《だが歴史学者カール・テプリーの最近の研究で、
ウィーン最初のカフェハウスを開いたのは、
アルメニア人ヨハネス・ディオダードだったことが明らかとなった。》

以前、ウィーンに行ったときに、
ウィーン在住の知り合いにこの話を聞いた所、
やはりウィーンの人達は、
「コルシツキー伝説」を今でも信じていると教えてくれました、

さてもう一つ、クロワッサン(コルネット)。

こちらも同じ第二次ウィーン包囲の時に、朝早くパンを仕込んでいた
パン職人が、地下の物音に気付き、ウィーンの守備隊に報告。
物音は地下通路を掘るトルコ軍だったのです。
そのおかげもあり、トルコ軍を撃退したオーストリア。
いち早く知らせたパン職人は、皇帝からトルコの象徴である
三日月型のパンを作り販売することを許されます。
ウィーン勝利を祝してトルコの象徴三日月を食べてしまう…。

これがクロワッサン誕生物語とされているのですが…。

こちらの方も怪しい…。
これと全く同じ話が、ハンガリーのブダペストでもあり、
さらにそれ以前からウィーンや帝国領内では、
三日月型というか、牛の角状のパンが作られていたんですね。

それはともかく、ウィーンで食べられていた三日月型(角状)のパンは、
かのマリー・アントワネットがウィーンからフランスに輿入れした時に
随伴していた菓子(パン)職人が、フランスに伝えたとされています。

しかしそのクロワッサンは、今、我々が食べているような
バターがたっぷり入ったサクサク生地のそれではなく、
一般的なパン生地だったようです。

以前、マリー・アントワネットの有名な言葉、
「パンがなければケーキを食べれば…」
について紹介しました。

マリー・アントワネットは、「パンがないならケーキを」と本当に言ったのか?

今のようなクロワッサンが生まれたのは、パリ。
1906年、オギュスト・コロンビエが、レシピを発表し、
自分の菓子店で出したのが、最初とされています。

《日本・オーストリア食文化協会》の《2005年 1月 1日号》
http://archive.mag2.com/0000140436/20050101080000000.html?start=100

《「クロワッサン」も、マリー・アントワネットが輿入れした1770年頃は、
普通の三日月パンでしたが、バターを使って折パイのように作っていく
今のような「クロワッサン」が登場するのは1906年になってからです。
パリの菓子職人、オギュスト・コロンビエは自分の「ブルジョワ風菓子店」で
現在のようなクロワッサンを作り始め、その後、いろいろな職人たちがこの新
しい「クロワッサン」作りに挑んでいったのです。》

1906年「Auguste Colombie's Nouvelle Encyclopedie culinaire
http://www.foodtimeline.org/foodbreads.html#croissants

さて最後にモーツァルト。
数ある有名な曲の中でも有名なのがトルコ行進曲。

正確には、ピアノソナタ第11番イ長調、トルコ行進曲付き、ケッヘル331番。

《Yahoo!百科事典》の《トルコ行進曲(とるここうしんきょく) 》
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B3%E8%A1%8C%E9%80%B2%E6%9B%B2/

有名なトルコ行進曲は、この曲の第3楽章。
(ベートーヴェンにもトルコ行進曲があります)

作曲されたのは、モーツァルトが27歳の時の1783年。
丁度、1683年の第二次ウィーン包囲の勝利から100年です。

オスマントルコとの闘いの後に、ウィーンでは、
一種のトルコブームが起きました。
徐々に権勢は衰えていったもののトルコは、
異国情緒あふれる憧れの対象でもあったんですね。

音楽では、オスマントルコ軍が連れていた軍楽隊メフテルが
多大な影響を音楽家たちに与えました。

何度も繰り返される独自のリズムと力強いエキゾチックなメロディは、
多くの作曲家に取り入れられたのでした。

《Yahoo!百科事典》の《軍楽隊(ぐんがくたい)》
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E8%BB%8D%E6%A5%BD%E9%9A%8A/

《1800年ごろには『トルコ行進曲』にみられるようなトルコの軍楽が
ヨーロッパで流行し、シンバルをはじめとする打楽器が多く加えられた。》

モーツァルトのトルコ行進曲も、
まさにこのトルコの音楽のエッセンスが入っているのです。

ところで、クロワッサンから派生したと思われる
チョココルネ(チョココロネ)。

イタリア、フランス、ドイツなどにも同様なものがありますが、
クロワッサン(コルネット)の中にチョコを詰めたもので、
生地が違い、形も違います。

ですからチョココルネは、
日本生まれのパンと言ってもいいかもしれません。

「らき☆すた」の主人公の一人「泉こなた」はチョココルネが好物。
それを知った海外のファンが、日本のチョココルネが
是非、食べたいと熱望しているそうです。

チョココルネに関しては、まずコルネかコロネかという呼び方の問題、
さらに上から食べるのか、下からかそれとも…という
どのように食べるのかという論争もありますね。(ない?)

そもそもチョココルネ。
どこが最初に作り販売したのでしょうか?
今後の宿題としておきます。

Yahoo!百科事典、《クロワッサン(くろわっさん)》
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%AF%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%B3/

「らき☆すた」とチョココルネと埼玉県鷲宮町。
《萌えアニメで町おこし!? 埼玉県鷲宮町の取り組みを見てきた》
http://ascii.jp/elem/000/000/168/168771/index-2.html

ウィンナーコーヒーについてはまたいつか別の機会に。

楽天は何でも扱っているなー。
チョココルネ3個》(楽天)

冷凍生地なら家で作り立てのクロワッサンが味わえますね。
※この商品は2009年1月7日より送料別とさせていただきます。
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素晴らしい写真でウィーンのカフェ巡りが楽しめます。
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