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夕焼けと夢焼け。誤植から生まれた素敵な表現。姦淫聖書、メメクラゲ、辞書の誤り。

昔の本は、活字を文選工が一つずつ拾い、
それを植字工がページ毎に組んだのち、
校正し印刷していました。

文選工の間違いから、
思わぬ表現が生まれることがあるようです。

2010年10月29日、読売新聞編集手帳。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20101028-OYT1T01229.htm

《吉野弘さんに『夢焼け』という詩がある。辞書にない言葉を詩人はどうして思いついたか。
〈あるとき、どこかの文選工が活字を拾い違え/私の詩の表題「夕焼け」を「夢焼け」と
誤植したから…〉◆二つの字形は似ていないが、「夢」は部首「夕」に属する文字で、
印刷所の活字収納箱に隣り合って置かれていたことから生じたミスらしい。》

吉野弘さんの詩集。
詩集 夢焼け》(アマゾン)

活版印刷の本は、どのように作られているのでしょうか?

《本がとどくまで》
http://www.iwanami.co.jp/todokumade/kumihan/kappan/kappan.html

そこにあるように、「文選馬」という活字が詰まった棚から、
文選工という専門職の人が、原稿を見ながら一字ずつ、
活字を拾い、原稿通りに並び替え(こちらは植字工の仕事)、
組版を作っていくんですね。
(文選馬は、スダレケース」とも。文選工は、左手に拾った活字を
入れる文選箱と原稿を持ち、右手で活字を拾うのが一般的)

活字の文字は、今、目にしている文字とは逆の鏡文字。
それを見極め、拾っていくわけですから、熟練の技だったのでしょうね。
また編集者、校正者が見落とした誤字脱字を
直したりもしていたそうです。

しかし逆に、上の吉野弘さんの「夢焼け」のような
誤植の例もあるんですね。

夢と夕の間違い。
何となくロマンティックですが、
戦前は、例えば、天皇陛下を始め、
皇室関係で間違えることは、
不敬であり、絶対のタブー。

「姿三四郎」でも知られる富田常雄が、1942年に出した
「軍神杉本中佐」では、天皇陛下」を「天皇階下」と誤植。
出版元の童話春秋社は出版停止の処分を受けました。

そこで、誤植のないように、天皇陛下を
一つの活字にしていた新聞社もあったそうです。

またそもそも活版印刷の始め、グーテンベルクによる聖書にも
誤植があり、印刷された聖書の歴史は、誤植の歴史でもあったよう。

有名なのは、姦淫聖書と呼ばれるもの。
汝姦淫するなかれ
Thou shalt not commit adulteryのnotが抜け落ち、
「汝姦淫すべし」となってしまい、印刷を行ったロバート・バーカーは、
多額の罰金(300ポンド)を科せられたものの、
支払えず、監獄に入れられ、獄死したようです。

印刷された1000部はすべて回収するよう命令されたのですが、
11部だけが回収を逃れて、現存するとか。

THE BOOK: THE HISTORY OF THE BIBLE IN PRINTED FORM
http://www.nla.gov.au/pub/nlanews/2002/mar02/

誤植一つで、首が飛ぶ。
恐ろしいですね。

吉野さんのように、間違った表現を、作者が気に入り、
そのままとなった例もあるようです。

つげ義春の「ねじ式」の中に出てくる「メメクラゲ」。
本来は、伏せ字の「××クラゲ」だったのを、編集者が誤読、
メメクラゲとして印刷に回したのだとか。(文選工、植字工は間違っていない)
けれど作者が語感を気に入り、メメクラゲとなったとのこと。

編集者の権藤晋氏の 「『ねじ式』夜話―つげ義春とその周辺」。
http://www.mugendo-web.com/y_tsuge/nejiyawa.htm

杜父魚文庫ブログ》、2007年5月25日。
《誤植の饗宴 吉田仁》
http://blog.kajika.net/?eid=566456

一般的な書籍に比べ、誤りが少ないはずの辞書にも
多くの誤植、記述が見つかり、騒ぎになることも。

関連エントリー
広辞苑、50年もずっと間違い。「松風」と在原業平の兄・行平との関係。京都の銘菓。

国語辞書が世に出るまでの事情を詳しく記しています。
国語辞書 誰も知らない出生の秘密》(アマゾン)

様々な誤植にまつわるエピソードが記されています。
《第3章 作家と誤植》
http://www.geocities.co.jp/jinysd02/gosyoku/sub7.html

「文選」で思い出すのは、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」。
主人公のジョバンニは、文選工のアルバイト(見習い)をしていて、
ピンセットで活字を拾っているんですよね。(ルビ拾い)

《活版岡田屋分店》、2007年11月21日。
《和文印刷の流れと文選》
http://d.hatena.ne.jp/sorabeya/20071121/1195623385

今、活版印刷はほとんど見かけることは少なくなりました。
一方でその独特な質感を愛する人もいて、
名刺を活版で作る若い人も増えたようです。

《活版印刷で刷る名刺が人気。「株式会社 中村活字」》
https://tabidachi.ana.co.jp/topic/11018

作ってみたいですね。

中村活字
http://www.nakamura-katsuji.com/

漢字博士・阿辻哲次さんの大阪のご実家は、活版印刷所。
小さい頃から活字に親しんだのが、漢字を研究する下地となったそう。

また街の印刷屋は、自分の所に、印刷に必要な活字がない場合、
活字印刷販売会社に買いに行ったそう。
そのお使いをよくしたとエッセイに書かれていました。

われら六稜人【第36回】漢字に魅せられて…漢字学の楽しみ 》
http://www.rikuryo.or.jp/home/people/atsuji2.html

《部首別の配列が、印刷屋の活字ケースでの漢字の配列と同じなのですね。
印刷屋の小せがれだった私は、子供のころから活字の配列を体で覚えていて、
駆け出しの職人さんぐらいには仕事もできたと思います。部首別索引が
活字の配列と同じだと知ると、漢和辞典を引くのがずいぶん楽になりました。》


われら六稜人【第36回】
《漢字に魅せられて…漢字学の楽しみ》
http://www.rikuryo.or.jp/home/people/atsuji0.html
活字を買いにいくお使いについては、
《うちの仕事は印刷ですが、小学校高学年の頃のお手伝いは、活字屋さんへ
活字を取りに行くことでした。うちのような小さい印刷屋では、すべての活字が
揃っているわけではありません。大手は自社内に活字の鋳造設備を持っていますが、
普通の印刷屋は活字を活字屋さんまで買いに行くんです。》
http://www.rikuryo.or.jp/home/people/atsuji1.html

「TEMP PRESS」(タイポグラフィーや活版印刷にまつわるプロダクトレーベル)
http://temppress.blogspot.com/

《いちじょうじ人間山脈》
《第十三回 澤辺由記子さん(temp press主催)》
http://www.keibunsha-books.com/mailmagazine/interview100624.html

活字の世界、奥深いですね。


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nikitoki

2019年1月29日、読売新聞編集手帳。吉野弘さんの「夢焼け」について記しています。「夕焼け」のはずが「夢焼け」と刷られて返ってきて、その字体がまぶしく見えて、その題で新たな詩を着想したと。
《人が…夢に焼かれている、と 明かしてくれたネ
人が…夢にローストされながら生きている、と 明かしてくれたネ
ああ、「夢焼け」!》。その後、大坂選手が優勝した全豪オープン決勝戦について記しています。

by nikitoki (2019-01-29 11:01) 

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