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柳家喬太郎の「擬宝珠(ぎぼし)」を聞いての違和感。

2018年9月30日、Eテレで放送された
「日本の話芸」は、柳家喬太郎の
「擬宝珠(ぎぼし)」でした。
http://www4.nhk.or.jp/P659/3/
(10月6日再放送)

録画したものを見たのですが、
一つだけ違和感が。

「擬宝珠」は「金(かね)の味」ともされる演目。

初代三遊亭圓遊が作ったものですが、
現在の形は柳家喬太郎自身が圓遊の速記を
もとに、掘り起こしたそうです。
(その旨は番組中では語られず。
登場人物を変えるなど設定を変更している。
下記のリンク参照)

次のようなあらすじです。

大店の若旦那が、寝込んでしまった。
親が、気の病だろうからと、
幼なじみの、熊さんに来て、
気がかりを聞き出してもらいます。
若旦那は、金気のものが大好き。
それがこうじて、擬宝珠をなめはじめた。
両国橋、吾妻橋、永代橋など、
江戸中の擬宝珠をなめつくした。
今もっとも舐めたいのが、浅草寺の五重塔。
でも、高くて登れなくて、なめられないので、
気に病んでいると。

浅草寺の五重塔の上についているのは、
宝珠であり、擬宝珠ではありません。
柳家喬太郎は、その旨、説明しています。

そもそも擬宝珠とは、橋などの親柱の上にかぶせる、
金属製の飾りで、ネギの花の形に似ているものです。

江戸中で擬宝珠を持つ橋は、
庶民が渡れない江戸城の見付橋を除けば
江戸市中には日本橋、京橋そして新橋の
3つしかありません。

この3つは、幕府が造り修復費用も
受け持つ御普請橋。
これらの橋には、橋の格を示すために
擬宝珠がつけられていたのです。

というわけで、江戸中の擬宝珠を
なめつくしたという所に
違和感を持ったのでした。

つまり例にあげている
「両国橋、吾妻橋、永代橋など」には
擬宝珠がないので、
そもそもなめられないのですね。
(親があげていた京都の三条大橋には擬宝珠あり)

さてこの擬宝珠をもつ3つの橋の中では、
日本橋が一番格上とされ、浮世絵などで、
擬宝珠が描かれていれば、日本橋をさしたとのこと。

また擬宝珠内=擬宝珠の間という言葉があります。
これは日本橋と京橋の間という意味です。

一番の格がある場所を指す言葉です。

当時の商売人にとって、
日本橋と京橋の間に店を出せることは、
大きな名誉であったのでした。

落語の世界でも、この擬宝珠の間の寄席に
出られることは、一流の落語家の証と
されていたそうです。

実家が銀座の天ぷら屋で、銀座っ子の
国文学者の故・池田弥三郎氏は、
銀座が日本橋、京橋よりずっと格が
落ちる場所であったことを認めています。

中央区観光協会特派員ブログ
《池田弥三郎『日本橋私記』(橋名の起原)》
http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2015/07/post-2565.html

《港区橋物語01 新橋》
https://www.city.minato.tokyo.jp/kouhou/kuse/koho/hashi/hashi01.html

話がずれてしまいましたが、
江戸中の擬宝珠をなめたという表現が
実際にはあり得ないので、今一つ
落語の中に入れなかったのでした。
(知人はこの話は明治以降の話なので、
問題なしではと指摘。追記参照)

そうそう、落語の続きです。

息子が「擬宝珠をなめたい」
と熊さんから聞いた大旦那。

実は両親とも擬宝珠舐めが大好きで、
それが縁で知り合い一緒になったと。

さらに是まで味わった擬宝珠の味を語り始めます。

駒形(橋)の擬宝珠はドジョウの味がしたし、
京都の三条大橋は八つ橋の味がした。
(もともとの話にはニコライ堂のそれは
ハイカラな味がしたとある。今回の中には
出てこなかったよう)

寄進などして、浅草寺の五重塔に登れるようになり、
若旦那は足場からあがって擬宝珠をなめます。

旦那からそのあじを聞かれた若旦那。
タクアンの味がしたと答えます。

さらに五合か一升か三升か五升かと
塩加減を訪ねた旦那。
若旦那は
「いいえ、六升の味がした」
と答えて下げです。

「六升」=「緑青」
(=銅の表面につく緑色のさび
すなわち擬宝珠の銅につくさび)
ですね。

そうそう浅草寺の五重塔は、
去年2017年に改修したばかり。

2011年の東日本大震災により
宝珠が落下して破損、芯柱も曲がって
しまったのでした。

宝珠は、青銅鋳物。
今だと緑青がないので、
どんな味になるのでしょうか。

《【浅草寺】改修中の五重塔、相輪の耀きふたたび!
 軽量化で耐震性アップし設置[ 2017-04-14 ]》
https://www.kensetsunews.com/web-kan/46591

〇震災の時に、宝珠は伝法院庭園に落下。
 現在、伝法院庭園内に「五重塔相輪旧宝珠」との
 案内と実物があります。
 (なめてはいけません……)

〇現在の五重塔は、昭和48年に施工されたもの。
 「擬宝珠」の話が作られた明治時代に、
 改修の資金獲得のため、足場が組まれ、
 最上層まで一般庶民が登れたよう。

浅草寺のサイト、五重塔
http://www.senso-ji.jp/guide/guide06.html

《明治19年(1886)、各所傷んでいた塔を修復する
ことになり、塔のまわりに足場が組まれた。
このとき修復の費用を捻出するために、一般の
参拝者に足場を登らせた。足場に設けられた
スロープ沿いに最上層の屋根部分にまで登れたため、
人びとは遥か遠くまでの眺望を楽しんだことだろう。》

絵を見ると最上階までは登れますが、
宝珠はさらにその上、なめられそうにありません。
(今回の改修の時のように屋根の上、相輪の周囲に
足場を組まないと、上の宝珠に到達できない)

安政の大地震の時にも、塔の上の
相輪(九輪)が曲がってしまったようです。

《九輪が曲がった五重塔》

伝法院庭園は一般公開されていませんが、
不定期に特別公開されます。(有料)
2018年は3月から5月。
《浅草寺”大絵馬・寺宝展と庭園拝観” 3月16日 – 5月7日, 2018年》
http://e-asakusa.jp/culture-experience/7173

柳家喬太郎、落語こてんパン
《第九十回 擬宝珠》
http://www.poplarbeech.com/rakugo/006447.html



追記
知り合いからの指摘。

この話の年代は、江戸時代ではない。

初代三遊亭圓遊が作ったなら明治だし、
ニコライ堂が出てくるのなら、
少なくとも1891年明治24年以降。
(元ネタは上方のネタ。おおもとは
大坂の四天王寺が舞台。ただなめるのではなく、
匂いをかぐ。さらに京都が舞台で三条大橋、
東寺の五重塔のそれをなめるという内容に。
さらに江戸版が生まれ、浅草寺の五重塔に)

《日本ハリストス正教会教団復活大聖堂
 (ニコライ堂) にほんはりすとすせいきょう
かいきょうだん ふっかつだいせいどう》
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/110624

明治以降と考えれば、東京にも擬宝珠のある橋は
上の3つ以外にもあるので、色々と橋の名前を
あげて、なめたというのはおかしくはない。

ただ話の中に出てきた橋すべてに、
実際に擬宝珠があったかどうかは別の話だが。

千代田区の弁慶橋。(明治22年に初めて架橋)
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/machizukuri/kekan/documents/58-benkeibashi.pdf

《木橋で擬宝珠に筋違橋や浅草橋等のものが
使われ、江戸期の木橋の記念碑のような橋であった》

(正確には筋違橋・日本橋・一ツ橋・神田橋・浅草橋の
古い擬宝珠を集めて被せてあったとか)

現在も擬宝珠はあるが古いものは使っていない。

〇《中央区民文化財93 常盤橋擬宝珠(ときわばしぎぼし)
更新日:2016年9月1日》
http://www.city.chuo.lg.jp/smph/kusei/syokai/tyuobunkazai/tokiwabashigiboshi.html

《擬宝珠は、橋の高欄柱頭などに付けられる装飾で、
常盤橋など江戸城に続く御門橋や江戸城内の橋に
付けられていました。江戸市中では擬宝珠付きの橋が
ほとんど見られないことから、擬宝珠は橋の重要性を
表すものと考えられています。》

〇日本橋近くに老舗漆器店の黒江屋があります。
 そこが昔の日本橋の擬宝珠を所蔵しています。
《販売店案内》(ページの一番下)
http://www.kuroeya.com/04company/index.html

《『新風土機-日本橋』擬宝珠-黒江屋 2014/7/717放送 NHK BS103》
https://www.youtube.com/watch?v=DOVc6IpfROg

《今月の顔2004.12》《株式会社黒江屋代表取締役柏原孫左衛門》

《その当時、骨董品屋か古買商と間違えてか、
日本橋が木造の頃の擬宝珠を売りに来られた方が
いたそうです。日本橋の袂で店を構え300年余が経ち、
これも何かのご縁と引き取り、仕舞い込んであった
のですが、よく調べて見ると「万治元年戊戌年
(1658年)9月吉日 日本橋御大工椎名兵庫」と
刻印がありました。古く由緒あるものだと分かり
ましたので、多くの方々に見て頂こうと、
現在はビル入り口のショーケースに飾り公開しております。》

〇《江戸東京博物館公式キャラクター ギボちゃん》
https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/about/logo/

《江戸東京博物館常設展示にある日本橋欄干(らんかん)の
擬宝珠(ぎぼし)をいただいた親柱をイメージしたもの》

http://www.tokyochuo.net/issue/face/2004/12/index.html




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